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肝硬変や肝がんは、今でも年間3万人以上の方が亡くなる病気ですが、私が医学部を卒業した1978年頃はその主な原因であるC型肝炎ウイルスもまだ発見されておらず、今以上に多くの患者さんが苦しまれていました。患者数が多く、治療法も発見されていない分野と言うのは、医学の進歩も殊更に早いので、肝臓を専門にすれば今は治すことができない病を治していくという激動の変化が体感でき、臨床活動、研究ともにやりがいある仕事ができると思いました。
実際、当院に勤務して5年ほど経った頃にC型肝炎ウイルスが発見され、1990年代前半には免疫を増強させてウイルスの排除を目指すインターフェロン治療も始まりました。そして、今や新たな薬も開発され、飲み薬だけで95%以上の人が完治してしまうまでに進歩しています。また現在では、例えC型肝炎から肝臓がんの発症まで進展したとしても、様々な治療の選択肢が用意されています。
先程も申し上げた通り、肝硬変や肝がんの原因の多くはウイルス感染です。肝がんの原因の約70%がC型肝炎にあり、約15%がB型肝炎となります。
ウイルス感染以外では、最近、脂肪肝の一部に肝硬変や肝臓がんへと進行していくNASHと言うタイプが含まれることが分かってきました。脂肪肝は過度の飲酒からなるアルコール性脂肪肝とアルコール以外の影響からなる非アルコール性脂肪肝があり、非アルコール性脂肪肝の約90%は良性の経過をたどる単純性脂肪肝なのですが、残りの約10%がこのNASHだと言われています。
現時点では血液検査のみでは単純性脂肪肝とNASHを見分けることは難しく、NASHと判明したとしてもその治療法は確立されていません。そのため、生活習慣を改善しながら、定期的な画像検査によって肝臓を評価していくことでNASHを見分け、例え肝がんになってしまったとしても早期に発見することが非常に重要です。
ウイルス感染が治療可能となっていることもあり、生活習慣の乱れに起因するNASHが今後、肝硬変や肝がんの主要な原因になることも予想されます。もし脂肪肝の指摘を受けて5〜10年経っていらっしゃるようでしたら、一度、超音波エラストグラフィやMRIエラストグラフィと言った肝臓の線維化を調べるための検査を受けてみるべきでしょう。
肝硬変の重症度を正しく評価すること、その方の持つ持病や飲んでいらっしゃる薬を把握すること、ウイルスの薬剤に対する耐性を調べ、適切な薬を選定することの3つが特に大切になります。
肝硬変になると肝臓が線維化することで機能が低下するのですが、正常な部分の肝臓が働くことで自覚症状に乏しい代償期から肝臓の機能を維持できなくなり腹水や黄疸と言った症状が出てくる非代償期へと進行していきます。ウイルス性肝炎の治療では、抗ウイルス薬によりウイルスを排除する、もしくは増殖を抑え込むことで肝硬変・肝がんの予防を目指すのですが、現在は既に肝硬変が進行して非代償期にある患者さんには、これらの抗ウイルス薬による治療を行うことができません。そのため、治療開始前には、まず超音波やMRIなどの画像検査による肝臓の硬さの評価などから肝硬変が非代償期にないことを確認する必要があります。また、肝臓の状態によって治療期間も変わりますので、肝臓の線維化の評価は治療計画を立てるうえでも重要です。
次に患者さんの持病や内服薬についての確認です。C型肝炎の患者さんは高齢化が進んでおり、持病をお持ちの患者さんも増えています。抗ウイルス薬には腎機能が低下していると使用できないものもありますし、飲みあわせにより併用薬もしくは抗ウイルス薬自身の薬効が落ちたり、副作用を増強させたりするものもあるので、これらの確認が重要となります。また、B型肝炎の場合、出産時に母子感染として感染する方も多く、何十年と抗ウイルス薬を内服し続ける方もいらっしゃいます。そういった場合、最初は小さな副作用でも蓄積して骨粗鬆症や腎機能障害に進展することもあります。副作用の少ない治療薬の開発が進みつつありますが、長期的な内服により発症する合併症にも注意が必要になります。
最後は、ウイルスが持つ薬剤への耐性を調べることです。最初の治療でウイルスを排除しきれなかった場合、生き延びたウイルスが薬剤への耐性を獲得していることがあります。その場合、次の治療でも排除しきれないと、更に耐性を獲得し、多剤耐性ウイルスに変異してしまう可能性があります。多剤耐性菌の問題と同じ話ですが、抗ウイルス薬は細菌に対する抗生物質ほどたくさんの種類があるわけではないので、2回目の治療に失敗してしまうと、治療の選択肢がなくなってしまう可能性もあります。そのため、日本では治療に失敗した場合、各県の肝疾患拠点病院に所属する肝臓専門医が薬剤耐性変異を測定して治療方針を決定するという仕組みを組んでいます。そしてその結果、2回目の治療の失敗率を低下させることに成功しています。
一般的な肝がんの治療としては手術による切除以外に、腫瘍に針を刺してラジオ波(高周波)を流すことでがんを焼いてしまうラジオ波治療、がんに血液を運んでいる動脈を塞いでしまう肝動脈塞栓術、抗がん剤による薬物治療があります。
腫瘍の数が3個以下で、大きさも小さなものであればラジオ波治療が第一選択となります。ラジオ波治療は針を刺すだけの低侵襲な治療で、局所麻酔のみで行うことが可能ですが、適切に行えば外科手術に匹敵する効果をもつ治療です。肝がんは肝硬変を素地として発生するため、再発しやすいのですが、ラジオ波治療は再発した場合でも基本的には何度でも行うことが可能です。しかし、再発とラジオ波治療のいたちごっこを繰り返しているうち、がんは徐々に性質を変え、ラジオ波治療では対応しきれないほどに増殖することがあります。そうなった場合には、今度は肝動脈塞栓術で応戦します。
肝臓は肝動脈と門脈という2本の血管から血液が流れ込んでおり、がん細胞には多くの場合、肝動脈の枝から血液が流れ込んでいます。この肝動脈の枝を特定し塞いでしまうと言う治療が肝動脈塞栓術です。肝動脈の一部を塞いでも門脈が残されているので、正常な肝臓は血流が保持されると言う仕組みです。治療の際は太ももの付け根を数mm切開し、そこからカテーテルと言う細い管を挿入し、肝動脈まで押し進め、がんに血液を運ぶ動脈まで進めたら、ゼラチンでできたスポンジを使い肝動脈を塞ぎます。
肝がんがさらに進行し、肺など他の臓器にも転移した場合には、抗がん剤による治療を行います。肝がんの治療の中でここ最近、最も進歩が著しいのが薬物治療で、2018年のノーベル医学賞受賞で注目されたオプジーボの登場など、新しい試みが次々となされています。
今から30年程前の肝がん治療というのは、やっと肝臓の部分切除による治療が形になってきたという段階でした。肝がんの手術は、手術後の肝臓にその人が生きていける程度の肝機能が備わっていることが条件であり、非常に高度な医療であったため大学病院やがんセンターと言った医療機関でしか受けることができませんでした。そのため、当院の消化器内科には肝がんが進行し、手術を受けることができない患者さんが多くいらっしゃいました。そういった進行した肝がんの患者さんに何とか内科的に治療してあげられないものかと考えるなか、1994年に関西医科大学の関寿人先生がマイクロ波により腫瘍を熱凝固する治療を開発され、1996年には私も関先生と一緒にマイクロ波治療の臨床応用を開始しました。マイクロ波による治療は1週間程度の入院でできる治療でありながら、外科と同じような治療効果があり、とても感動しました。それからは、のめり込むように新しい技術の開発や針の改良、マイクロ波治療の啓蒙活動などにも取り組み、アメリカで第一例目のマイクロ波治療を実演するなどしました。1999年にはマイクロ波よりも治療範囲が広く、直径3センチ程度の腫瘍まで熱凝固できるラジオ波による治療を開始しました。今では腹腔鏡も用いることで、肝がんの位置によっては治療ができないという当初の欠点も克服し、ラジオ波治療後の5年生存率は70%程度にのぼります。
肝がんは、肝硬変というがんが発生する素地をもっているという点が他のがんとの最大の違いであり、がんと肝硬変をバランスよく治療しなければ、患者さんの予後は良くないものになってしまいます。そのため、がんの知識だけでなく、内科全般の知識をもって患者さんを診ることを大切にしています。また、肝がんは多様ながん細胞からなる病気であり、抗がん剤による治療を行う場合、その抗がん剤の選択には単純な指標があるわけではなく、経験則も重要となります。自分の経験と知識を活用して患者さんにとって最良の治療を選択し、治療を選択した理由をきちんと患者さんに説明できる肝臓内科医であるべきだと考えています。
肝疾患治療の進歩は著しいため、医師の工夫次第で豊富な治療の選択肢を提示することができますから、治療を決断される前には他の医師の意見もお聞きになってみてください。
当院の消化器科は、他の病院では困難な症例でも対応できるよう工夫を重ねてきたことで、全国から年間300例以上の症例が集まり、治療の難しい肝がんについても豊富な経験をもっております。また、肝疾患治療のスペシャリストが集まっておりますので、偏りなく治療法を選択していただくことが可能です。最近では治療についてのランキング本などもありますが、例えラジオ波治療に特化していても、肝動脈塞栓術など他の治療法の症例数が少ない場合、症例に応じた柔軟な治療法の提案ができない可能性もあります。肝疾患は多くの治療法があります。治療法でお悩みの方はその病院が行っている治療法のバランスについても頭の片隅に留め、セカンドオピニオンを検討されるとよいでしょう。
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