※掲載情報は独自の調査・分析により収集しており、最新かつ正確な情報になるように心がけておりますが、内容を保証するものではありません。
※実際に受診を検討される場合には、直接医療機関にもお電話で問い合わせいただくことを推奨いたします。
心臓を動かした瞬間に、私が執刀した手術の良し悪しが分かるという明快さに魅力を感じたからです。
医学生のときはどちらかと言うと体育会系で、医師になっても技術の鍛錬を積み重ねていく生き方をしたい、頭と身体を使う職人のような働き方をしたいと思っていたので、外科に進むことは決めていました。しかし、がんを扱う外科を専門とするのは躊躇していました。というのも、根治を目的として手術を行ったとしても、がんは再発することもあるため、外科医としての自分の技術の良し悪しが判断しにくいと感じたからです。一方で心臓血管外科は、術者の技量の評価尺度という点においては単純明快で、治療後に心臓が正常に鼓動し続けるかどうかにかかっています。実際に心臓血管外科医になってからも、この技量の評価尺度の明快さについての印象は変わりません。ただ、心臓血管外科が扱う手術はどれも高度で、技を極める道のりの長さは、自分で執刀するようになって初めて実感できました。
当院の受診は紹介制となっているため、患者さんは近隣のクリニックからの紹介で受診される方と、院内の循環器科からの紹介で受診される方に分けられます。他院からの紹介で受診される患者さんは、検診で動脈瘤が発見され、治療についてご相談されたい方や、開胸あるいは開腹手術を勧められ、ステント治療についてもご検討されたいという理由で受診される方が多いです。私は開胸手術もステントグラフト治療も術者として行なっておりますから、紹介患者さんについては、全て私が診察しております。
当科の大きな特徴は5つあります。1つは、先天性心疾患を除く、成人のあらゆる心臓血管疾患に対応していることです。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、超高齢社会に突入してから患者が増加している大動脈弁狭窄症などの弁膜症、閉塞性動脈硬化症などの末梢動脈疾患などの心臓血管疾患を幅広く診療しており、症例数も豊富です。2つ目には、循環器科との連携体制が整っていることです。心臓外科が扱う疾患は、循環器内科でも診療可能な疾患であることが少なくありません。そのため、内科と外科が対立意識をもってしまっている病院もしばしば見かけますが、当院は診療科間での風通しがとても良く、どちらの科で治療するのが患者さんにとって最善なのかを検討したうえで診療を行なっております。3つ目は、手術予定者全例において、診療科と職種を横断した、専門性の異なるスタッフが参加する症例検討会を頻繁に開催していることです。心臓血管外科で行う手術はリスクが高いものも多いですから、判断の難しい症例については症例検討会の場で取り上げ、それぞれの専門的視点からの意見を交え、議論しています。症例検討会をしていても頻度が少ない病院も実際には多いと思いますが、議論の結果、手術を行わないという結論に至ることもありますので、議論の場の重要性は侮れません。4つ目には、胸腹部大動脈瘤のステントグラフト治療の症例数が豊富なことです。カテーテルを用いて動脈瘤のある部分の血管の内側から人工血管を展開するステントグラフト治療は手術と比べると侵襲が少ないため患者さんへの負担が軽く、ご高齢の患者さんにも適応できます。最後は、当院の大動脈瘤の治療に占める開胸あるいは開腹による手術の割合には、極端な偏りがないことです。ステントグラフト治療は、低侵襲な治療ではあるものの、大動脈瘤の根本的な治療ではありません。患者さんの状態や予後を考えて、適切な治療法の選択することを重視しています。
胸部ステントグラフト治療は、太ももの付け根辺りの動脈を切開してカテーテルを挿入し、瘤のある位置でステントグラフトと呼ばれる人工血管を広げることで動脈瘤への血流を遮断する治療です。ステントグラフト治療の良い点は、何と言っても局所麻酔でも施術が可能なほど低侵襲であることです。
血管が瘤状に膨らむ大動脈瘤や、動脈壁の層構造が裂けてしまう慢性解離性大動脈瘤も、症状がないことがほとんどです。開胸あるいは開腹して瘤のある血管を取り除き、人工血管で代替するという治療が主流だった頃は、治療の必要性を患者さんが自覚し難いにも関わらず大掛かりな手術が必要で、病気に対する患者さんの認識に治療の大変さが見合っていない印象がありました。しかし、ステントグラフト治療が普及したことで、そのギャップは徐々になくなりつつあるように思います。
若い方、動脈の湾曲した部位、または重要な血管が分岐している部位に動脈瘤がある方、動脈硬化が進み、悪玉コレステロールや白血球を主成分とするアテロームと呼ばれる血管壁の肥厚が形成されている方には、開胸手術をおすすめする場合があります。
先にも述べたように、ステントグラフト治療は大動脈瘤の根治術ではないため、瘤は残ってしまいます。そのため、ステントグラフトと動脈の境から瘤の部分への血流が再開するエンドリークが起こり、後年になって開胸手術を行うことになる症例も時折あります。海外の文献でも、ステントグラフト治療後7〜8年で、2〜3%程度の患者さんが再手術になるとの報告があり、若い方の治療の場合には手術をおすすめすることがあります。
また、ステントグラフト治療は、下行大動脈や腹部大動脈などの血管がまっすぐ走行している部分には適しているのですが、弓部大動脈のように曲がっている部分においてはステントグラフトがフィットしにくく、積極的には推奨できません。また、弓部大動脈からは頭部に流れる重要な血管も分岐しており、ステントグラフトの挿入時にそれらの血管への血流も遮られてしまいますので、バイパスを作って頭部への血流を確保する必要があります。しかし、このバイパスを作成した場合の長期予後についてはまだ不明確です。その他に、動脈硬化が進行している方では、カテーテル操作による物理的な刺激でアテロームが剥がれ、血流にのって脳の血管を詰まらせてしまって脳梗塞を発症するリスクもあります。
この先、患者さんの血管に合わせたステントグラフトを3Dプリンタで作製するなど、オーダーメイドの治療が普及するようになれば、将来的にこれらのリスクが克服される日も来るかもしれませんが、現時点では長期的に見て根治術が望ましい場合や、述べたようなリスクが危惧される場合には開胸手術が患者さんにとって最善な治療法になることもあります。
わかりやすく説明することでしょうか。実践するととても時間はかかってしまいますが、できるだけ患者さんの身になって考え、専門用語を並べずに説明し、理解して頂くことを心がけています。
また、大動脈瘤は自覚症状がほとんどない病気ですから、治療の選択肢やタイミングについての決定を委ねられても、なかなか踏ん切りをつけることができないという患者さんが多いです。長期的にみた場合も含めて、医学的にはどのような選択が有利なのかお伝えし、医師として患者さんの決定の一押しになるような関わり方を心がけています。また、ご家族でよく話し合って頂くことで治療に臨む決心がつく方も多いので、ご家族に対しても病気や治療についてご説明し、家族内で話し合うための情報を提供することも大切だと思っております。
ステントグラフト治療と開胸による人工血管置換術の症例数がそれぞれ年間15例程度はあり、治療法ごとの症例数に極端な偏りがない病院かどうかを確かめてみればよいかと思います。また、放射線科の先生がステントグラフト治療を担当していたり、ステントグラフト治療と人工血管置換術の担当を血管外科と心臓血管外科と言ったように分けていたりする病院もあるかと思いますが、できれば同じ外科でどちらの治療も受けることができる病院がいいのではないでしょうか。どちらの治療も同じ診療科内で行っていれば、偏りなく治療の選択肢をご提示することができます。そして、心臓血管外科医は実際の解剖を毎日目にしているので、頭の中に立体的な臓器の位置を描きながらステントグラフト治療を進めることができるので、緊急時にも原因を突き止めやすいです。また、状況に応じてすぐに開胸手術に切り替えることができるなどのバックアップ体制も強固であることが予想されます。
診療科としては、全ての緊急搬送の受け入れと、低侵襲治療の充実を目指していきたいと思っております。現在は、麻酔科医などのスタッフや設備に限りがあるため、緊急症例を受け入れる余裕がないこともあります。2020年の新病院移転を機にスタッフと設備の拡充を見込んでおりますので、緊急搬送を全て断らない体制を実現させたいと思っています。また、小開胸心臓手術(MICS)や、カテーテルによって心臓の弁を人工弁と置換するTAVI(Transcatheter Aortic Valve Implantation)と言った手術、僧帽弁の一部をクリッピングすることにより逆流を改善するマイトラクリップなどの心臓弁膜症の先進的な治療にも取り組み、低侵襲治療を充実させていく予定です。
私個人の展望としては、若い世代の心臓血管外科医の育成に力を入れていきたいと思っています。鍛錬して得た技術を次の世代に伝えながら、心臓血管外科チームをさらに大きなものにして、より多くの患者さんのお力になっていきたいですね。
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