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※実際に受診を検討される場合には、直接医療機関にもお電話で問い合わせいただくことを推奨いたします。
私が卒業した防衛医科大学校には「自衛隊でプライマリーケア(初期治療)を実践できる総合臨床医を養成する」という目標があり、幸か不幸か9年の義務年限中に、専攻した血液腫瘍学についてよりも一般内科医としての薫陶を多く受けました。血液腫瘍を含むがんの治療は日進月歩の領域ですが、それでも病気が軽快する患者さんと、そうではない患者さんとのあいだにある隔たりの大きさは変わっていません。治らない病気や抱えていくしかない症状に何ができるだろう?という思いが強くなり、自衛隊医官としての奉公を終えた後は、身ひとつでホスピスに飛び込んでみることにしました。いま振り返ればこの決断は、学生時代にベストセラーであった山崎章郎先生の「病院で死ぬということ」という本から影響を受けた部分もありました。
WHO(世界保健機関)で定義されている緩和ケアとは、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を改善するアプローチです。そのため、一口に緩和ケアといっても、患者さんへの関わり方やその内容にはさまざまな形があるべきだと私は思っています。
例えば、緩和ケアの専門家が患者さんに関わる場合、がんと診断された時や積極的な治療中から関わるケース、積極的治療を終えた後から関わるケースが挙げられます。東京大学医学部附属病院では前者の方が圧倒的に多く、約8割は治療中の患者さん、終末期に近い患者さんは約2割です(2017年現在)。そもそもがんだけが緩和ケアの対象ではありませんが、がんを例にとれば、病名を知らされる際のつらさも抗がん剤による食欲不振も、いわば「がんそのものに対する治療」以外のあらゆることが緩和ケアの対象になると言えます。緩和ケアという言葉は「ホスピス」や「終末期医療」という偏った意味で使われることがありますが、国際的な学術団体が「緩和ケアや緩和医療、支持治療という用語は同じ意味」と口を揃えていることを知って頂きたいです。
患者さんが自ら治療を選択するために、病気の現実や治療の限界を知っていただくことはとても大切です。2010年に厚労省が行った質問紙調査では、一般市民の77%の人が「治る見込みがなくても病名や病気の見通しを知りたい」と回答しています。でも、ここがまさに重要なのですが、「いつか」が「いま」になってしまったとき、「誰かの話」でなく自分が当事者になってしまったときに、現実を直視することへのニーズは大きく揺らぎます。私の出会ってきた数千人の進行がん患者さんたちの中で、「病気の現実や治療の限界を知りたい」と前もって意思表示できる人はほんの一握りでした。そして大変残念なことに、この当たり前すぎる心の動きに、医療はまだまだ無関心を決め込んでいます。
病状を正しく理解すると、心構えをすることができます。身体症状のコントロールやこころのケア、社会的なサポートにおいて、周りも介入しやすくなると言えます。しかしそれは決して、「少しでも長く生きていたい」という当り前の願いを捨ててもらうことと、同じ意味であってはいけないのです。治らない病気への過剰医療を反省することから始まった緩和ケアですが、そのメッセージはたやすく「諦めの医療」という誤解を生んでしまう。緩和ケアの提供者として、正しいメッセージの発信源にならなくてはいけないと肝に銘じています。
この時期こうあるべきだと押し付けるのではなく、正解のない岐路に立つ患者さんがどう考えたいのか、何をして欲しいのかに、耳を傾けられたらと思っています。
緩和ケアへのアクセスを良くするためには、緩和ケアが便利・身近であることが大切なはずですが、実際のさまざまな緩和ケアリソースは、それぞれ融通の利かない一面を持っています。在宅医には入院ベッドがない、緩和ケア病棟は抗がん治療を受けながら入れないなど、ちょうど「ウチは和食屋だから、フレンチや中華を食べたい人は他へどうぞ」という具合になっています。
仮に「心構えを先送りにしてきた」患者さんがいるとしましょう。病状が下準備よりも先に進んでしまい、思いがけない体調の変化に困った時、緩和ケア病棟や在宅医療側は、「こういう医療はできませんが良いですか?」「心構えできていますか?」という確認作業から入らざるを得ないことがあります。誰かが悪い訳ではありませんが、互いにつらい作業です。病状や症状の切実さに医療のスピード感が追いつかないのです。
この限界を打破するために、私はいま、国の掲げる「地域包括ケア」(※高齢者が人生の最期まで住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けるために必要な支援体制)に、緩和ケアの専門家として一元的に取り組もうと考えています。緩和ケア病棟では自宅に帰れる患者さんをもっと増やします。自宅に帰っても質の高い緩和ケアを受けられるように訪問診療も展開し、再入院したい時にはいつでも受け入れる様な体制づくりです。
この体制づくりでは、がんだけが対象ではないし患者さんだけがユーザーではありません。地域の医師がさまざまな疾患に対して良い症状緩和ができるよう支援したり、時間外診療が難しい地域の医師に代わって往診や救急外来での診療を行ったりするような、多機能の「緩和・支持治療センター」を、埼玉県朝霞市につくることを計画しています。
まず、何か問題を抱えながらがん治療を受けている方は、「緩和ケアに相談してみようか」と思い出してください。がんと診断されたと同時に緩和ケアチームを利用し始める患者さんもいます。緩和できたかも知れない症状のために、「もうこれ以上治療は続けられません」と判断されてしまうこともあります。
もうひとつ、がんの経過が悪かったとしても、緩和ケア病棟に足を向けなければならないという訳ではありません。実際、日本においてがんで亡くなる年間約37万人のうち、約7割以上の患者さんは緩和ケア病棟でも在宅でもない、いわゆる一般病院(急性期病床)で亡くなっています(2017年現在)。確かなことは、望む場所や過ごし方は病状や症状によって変わりうるということです。家の近くで、心の動きにしっかりとつき合ってくれるような「熱い」医療者に出会えれば、何よりも力強い助けになってくれるはずです。
(記事公開日:2017/12/28)
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