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中学生の頃に読んだ、手塚治虫の『火の鳥』に強い影響を受けました。『火の鳥』は、その血を飲めば、どんな傷もたちまちに治り、未来永劫生き長らえることができると言った火の鳥を巡る物語で、不老不死、再生医療、宇宙、永遠といった概念がテーマとなっています。物語の中ではクローン技術のように、現代の医療を予言しているとしか思えない概念も登場し、執筆当時によくこんなことを思いついたなと思わされる話です。
私は昔からいろいろと考えることが好きで、火の鳥を読んで宇宙はどのようになっているのかと考えたこともありましたが、宇宙はわからないことで占められていて解析するのは難しいだろうと考えていました。しかし、老化については、所詮生物の話なので、将来的に老いを克服することは実現できるだろうと思い、いつかは不老不死の方法を実現したいと考えるようになりました。
そうした経緯から医師を目指すようになり、慶應義塾大学医学部に進学しました。
医師を志したきっかけが不老不死の薬を作ることだったので、基礎医学に進んで研究者になりたいと考えていました。上京した当初はそういった高い志を持って入学したのですが、和歌山の片田舎から、きらびやかな東京に出てきて、よくあることでしょうが、勉強よりもクラブ活動やその他の遊びに熱中してしまい、この結果、一度留年もしてしまいました。クラブ活動では山岳部と剣道部を掛け持ちしていましたが、医学部5年生のときには3ヶ月程、授業を勝手にさぼって、長野県の社会人山岳会の方々と共に、当時未踏峰であったウルタルII峰(パキスタンのカラコルム山脈)にも挑戦しました。そんなこんなで、もともとは不老不死の薬を作りたいという志であったのに、学生時代にほとんど勉強もしないで遊び惚けた結果、さすがに基礎医学の教室には進みにくくなってしまい、臨床の道を選びました。
臨床では大きく内科と外科に分かれますが、私はもともと手先が器用でしたし、体育会気質のある外科系に進むこととしました。形成外科を専門にしようと思ったのは、他の外科が主に悪性腫瘍を切除するのに対し、形成外科は無くなったところから「つくる」外科であり、他とは違うと芸術性を感じたからです。
卒業後、慶應義塾大学病院の形成外科で研修を受け、その後は浦和市立病院(現在のさいたま市立病院)の外科で4年間、研修を受けました。形成外科の諸先輩方は、凄く綺麗で巧みな手術をする先生方が多く、その手技を数多く見ることができましたので、外科で研修を受け、執刀医としていただいた時も早期から手術について褒められることが多くありました。4年間も外科を行っていると、そのまま外科に残ってはと、誘いを受けることもありましたが、外科では同じ手術を行い続けることが多いように感じました。形成外科では、患者さんの社会的背景も異なりますし、顔の腫瘍一つとってもどこに生じるかはさまざまです。それに対応することが必要とされています。また、形成外科手術の手技は数限りなく発表されていますが、それでも終わりがなく、常に手術術式の工夫と創造性が求められるところに魅力を感じ、最終的に形成外科を専門とすることを決断しました。
形成外科医として働いていると、よく患者さんから形成外科と整形外科の違いについて尋ねられます。整形外科がおもに四肢・体幹の骨や筋肉などの運動器を対象としていますが、形成外科では、頭の上からつま先まで、主に外から見える部分を正常に、またはきれいにすることを、主に手術を使って行っています。診療はデータベースによりますと半分くらいが傷や傷跡の治療をしています。私自身も、20年程前から傷の治療の専門家ということで治療に邁進していて、治療が難しいと言われている傷痕をなんとかできないかという想いで診療にあたっています。
私は現在日本形成外科学会の渉外・広報委員長もしているのですが、そのようなことから、もっと形成外科というものを一般の方々に知ってもらうために、日本形成外科学会と日本創傷外科学会と合同で形成外科は傷跡の治療の専門家であることを周知するキャンペーン活動も行っています。
形成外科は見た目に手術の結果がよくわかります。昔、口の近くに腫瘍ができてしまった若い女性で人前に立つ仕事をしている方がいらっしゃったのですが、治療で顎の部分を大きく切除する必要がありました。手術後の人前に立つ仕事の復帰を懸念され、その方は手術が近づくにつれてどんどん不安が強くなっていきました。落ち込んでいく様子を伺っていると、こちらもどうしたら良いかと思ってしまいます。一度できてしまった傷跡は消し去ることができません。ですので、顔にできるだけ傷跡は残したくない。でも大きな欠損になってします。これまで報告されている様々な手術方法では、解決することができない。いろいろなハードルが、悩みが、次から次へと湧いてきます。慶應の形成外科は解剖学教室と永らく共同研究を行っているのですが、その中で得られた最新の解剖学的な知識を基に、患者さん本人やスタッフで話し合って、最終的にthin red lineと表現していいような、着地点を見つけて手術を行いました。
その結果、患者さんも手術の結果についてご満足いただけ、すぐに社会復帰も果たされました。その患者さんは本当に、良い方なのですが、でも、しばらくすると、ぱっと見あまりわからない微妙な歪みに対して「先生、このあたりをもう少し何とかできませんか?」とおっしゃる。その患者さんにとっては、麻酔がかかって手術中に腫瘍が切除され、麻酔が覚めた時には再建が終わっていたので、手術の前の状態と比べていらっしゃるんだろうなあと思い至ったとき、それだけ完璧に近づけた手術ができたことをうれしく思いますし、様々な状況に合わせて手術を工夫していくことが大切だと印象に残っています。
リストカットでは平行な傷痕が多くあり、なかなか治せないと言われていました。当時、リストカットの人が集まるインターネットサイトで、傷が完全に消えることはないという前提のもと、どうなると良いか尋ねたら、リストカットの跡に見えなければ嬉しいという意見をいただきました。そこで、リストカットの跡に見えない様にする方法を研究しました。
リストカット痕の治療法は主に3つあります。1つめは手術跡のように見せる方法です。形成外科医としては何もないところに傷を作るのはとても心苦しいですし、リストカットでできた傷の幅が大きくない場合に限られますが、傷の中心を切開し、縫合することで手術の傷のように見せる方法があります。
2つめは、エキスパンダーといって皮膚を伸ばす方法があります。リストカットの痕がある部分の皮膚を切除し、傷のない部分の皮膚を数か月かけて引き伸ばすことで覆います。
3つめは、皮膚の移植です。浅い傷、正確に言うと表皮から250ミクロンくらいまでの傷は痕が残らず治ることが研究でわかっています。これは例えると擦りむいたくらいの傷です。擦りむいた傷は、一時的に色素沈着することがありますが、概ね半年くらいで消えます。そのため、250ミクロンまで皮膚を薄く切除し、その中にある傷跡は取り除きます。その先にある真皮の線維の凹凸はハサミで平らにします。そして、その上に採取した薄い皮膚を90度回転させて移植します。
傷がどうして残るかというと、傷の上には皮膚のキメがないからなのです。酷い火傷をした場合など皮膚がツルツルして見えるかと思いますが、皮膚のキメが失われているからなのです。傷痕の皮膚を切除し、その上に皮膚のキメを移植するというイメージをしていただけるとわかりやすいかと思います。皮膚移植では手術後に色素沈着が生じたり、毛穴に違和感があるように見えたりすることがありますが、概ね1年程で馴染んでいきます。
リストカットの治療をご希望される方は殆どの場合、お母さんと一緒にいらっしゃいます。最初はご本人は殆ど表情がないのですが、どんな治療を受けられても、手術後に多くの方が別人と見違えるほど雰囲気が変わります。傷を治すことによって過去と決別したかのような変化はとても印象的です。
私はこれまでにマウスの胎仔を用いた研究に基づいて、マウスで傷跡を残さず完全に皮膚を再生させることに成功しています。現時点では人の傷跡を完全に消すことはできていません。今後は再生医療や細胞移植が発展することで、傷痕を完全に消すことも可能になるのではないかと思っています。
また、創傷治療とは異なりますが、10年程前から世界中で抗加齢に関する研究が盛んに行われ、薬剤の開発など目覚ましいものがあります。老化とは、単純に細胞が老化することで個体も老化していくと考えられています。ある種の細胞が老化しながらも生き残ることで様々な慢性炎症を起こすことが個体としての老化の原因とも言われています。この詳細を突き止めようと世界的に権威ある科学雑誌でも基礎研究の領域で若返りに関する論文が多数報告されています。正直なところ、訝しく思うところもありますが、私自身も研究チームをつくり研究を始めました。
老化の原因を突き止め、解明することができれば、癌の発生を抑えることも可能になるかもしれませんし、歳をとっても元気に過ごせるようになると思っています。
医師を志した時から不老不死は私のテーマでしたが、本質的には何か未知の原理を解明したいという想いなのです。私たちの教室では皮膚の再生をメインのテーマとして研究を行っていますが、他にも若返りの研究、リンパ管の可視化の研究などにも取り組んでいます。まだ新しい研究ですが、今後も研究に邁進していきたいと思います。
貴志先生はガーデニングや絵画観賞を趣味とされており、診療中はもちろんのこと、日々の生活の中でも常に美しさについて向き合われていらっしゃる先生です。
お怪我などで自分の体に傷が残ってしまった時に、貴志先生のように真摯に、一緒に理想を追い求めてくれる先生がいてくれることは大変心強いものだと感じました。
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