※掲載情報は独自の調査・分析により収集しており、最新かつ正確な情報になるように心がけておりますが、内容を保証するものではありません。
※実際に受診を検討される場合には、直接医療機関にもお電話で問い合わせいただくことを推奨いたします。
人の役に立てるという医師という仕事はやりがいがある仕事だと思い医学部へ進学しました。医師になってから腫瘍内科、なかでも乳がんを専門とするようになったのは、国立がん研究センター中央病院に在籍したことがきっかけでした。
腫瘍内科とは、がん患者さんの状態を見極め、専門的な知識を基に適切な抗がん剤や薬剤の選択など治療方針の検討を行い、実際に治療を行う診療科です。私が医師になったばかりの頃、既にアメリカでは腫瘍内科は確立されていましたが、日本ではまだこれから学会を立ち上げて広めていくという状況で、馴染みのない診療科でした。私も当初、消化器内科領域の腫瘍の治療を学ぶために勤務した国立がん研究センター中央病院で腫瘍内科という言葉と出会いました。
国立がん研究センター中央病院では縁あって、乳がんの薬物療法を得意とする先生に教えていただくことがあり、専門的に勉強をすると学問的な面白みを感じました。
10数年前に、患者さんの状態にあった適切な抗がん剤、薬剤投与が各施設でどれくらいできているかという調査をしたのですが、当時は十分に適切な治療が広く行われているとは言い難い結果でした。乳がんの治療に関するガイドラインについては、2001年に『科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン』の作成に参画し、その後、2003年の完成以後、拡充や追記、修正を行ない、正しい情報や適切な治療の普及に務めてきました。
ガイドラインの作成にあたっては、海外の既存のガイドラインを参考にしながらも、日本の独自性も尊重し、折りあいをつけてきました。といいますのも、例えば、海外のガイドラインを日本で使用しようとするならば、単純に翻訳すればよいとなってしまいます。それでは十分ではなく、日本では経口の抗がん剤の使用が多いなど、歴史的にみて独自の発展をしてきた側面もありますので、それらを十分反映させたガイドラインにしなければなりません。
今ではガイドラインも充実してきており、乳がん治療の必要性や乳がん専門医の専門性も高まってきています。それらによって、情報の均てん化が図られ、治療の質も高まってきていることを感じています。
当院ではご紹介で受診される方が多いのですが、大別すると3つのパターンがあります。1つめは、既に乳がんと診断され、他院でいろいろと治療をされてきた方が、次にどのような治療をしたらよいのか迷われている場合です。2つめは、何ヶ月かに1度、セカンドオピニオンのご相談にいらっしゃる場合です。お住まいからお近くの医療機関で治療を受けていらっしゃるのですが、治療方針を見直すタイミングなどで定期的にセカンドオピニオンにいらっしゃって、主治医の先生にも意見をお伝えすることがあります。セカンドオピニオンは通常1回という場合が多いかと思いますが、複数回いらっしゃることもありますね。3つめは、国立研究機関として最新の治療を希望される場合です。比較的遠方の方でも乳がんの診断がついた段階で、当院での治療を希望されていらっしゃる場合があります。
例えば、いわゆるトリプルネガティブと呼ばれるタイプの乳がんについて、新たなお薬が開発されており、当院では治験として使用できる場合があります。そういった抗がん剤や薬剤も含めて、状況に合わせて様々な治療法を検討しています。
一昔前までは、抗がん剤というと辛くて苦しいというイメージがあったかもしれませんが、現在では支持療法といって、吐き気止めに用いるお薬や、発熱した際の抗生物質、白血球の減少を抑えるお薬など様々なお薬を用いることで苦痛の軽減が図られています。
患者さんの状態や使用する抗がん剤によって状況も変わりますが、多くの患者さんが外来で抗がん剤治療を行うことが可能となってきています。多くのがんは、患者さんが何かあれば迅速に医療機関にかかることができる体制が整えられていれば、十分安全に外来で治療できるものになっていますので、一昔前のイメージとは大きく変わっている状況は知っておいてほしいと思います。
とはいえ、やはりがんの治療は不安になることも当然だと思いますので、不安なことや思うところは溜め込まず、そのまま素直にお話していただけるとよいと思っています。
少し専門的な説明になりますが、我々の研究では「HSD17B4」という遺伝子がメチル化されている割合が高いと、特定の抗がん剤がよく効くということがわかりました。具体的には、乳がんには遺伝子の型によって様々なタイプがあるのですが、「HER2型」と呼ばれるタイプの乳がんで治療が著効する可能性があることがわかりました。これは、「HER2型」の乳がんは全乳がん患者さんの約1割を占めるのですが、このタイプの患者さんでは手術をしなくとも治癒が望める可能性があるということです。
この発見によって世界的にも初めて、手術を行わずに化学療法と放射線治療で乳がんが治癒できる可能性が示されたのです。現在当院では臨床試験を行い、この研究の科学的な裏付けとなるデータを蓄積している段階に入っています。
ただ現段階では乳がんの一部のタイプに限った研究成果であり、全ての乳がん患者さんに適応できるわけではないと言う点はご承知おきいただければとは思います。
この研究には思い入れがあるのですが、15年程前から臨床経験のなかで手術を行わなくても一部の患者さんの乳がんは治療できるのではないかと感じていました。というのは、手術の前にがんを小さくするための抗がん剤治療を行うことがあるのですが、一部の患者さんでは手術の際に病変を取り除き、組織を調べると、すでにがん細胞が消失しているということがあったのです。
手術後の説明では「手術時の検体を病理検査した結果、がんはありませんでした。良かったですね」というお話をする場面があったのですが、本当に手術が必要だったのか?という疑問が湧いてきたのです。そうした想いから研究を積み重ねたところ、先ほど述べたような特異的な遺伝子を発見することができたのです。
とはいえ現状では本当にがん細胞が消失しているかどうかは手術を行い、顕微鏡で客観的に評価しないと言い切れません。将来的に研究が進めばそのような手術も必要なくなり、患者さんの負担も減るのではないかと思っています。
医療に携わるものとして、まず今ある治療方法をしっかり使いこなす、現在の医学で判明している知見を最大限に活用することで目の前の患者さんに役立てたいという想いがあります。それには日頃の診察室での診療以外にもガイドラインの作成や、様々な場での情報発信も大切だと感じています。
一方で今は不可能でも、近い未来には実現可能となるであろう治療法を確立していくことも必要と思い取り組んでいます。今ある治療法を次世代に繋げていくだけでは進歩がないですよね。いま救えない患者さんも将来には救えるかもしれないという希望も含め、新たな手法を生み出し、次の世代に渡していく必要があると考えています。
がんの医療に携わるものとして、死は避けては通れません。どんなに医師としての経験が長くなっても一緒に治療を頑張った患者さんが最期を迎えるというのは慣れることはできません。この病院での治療を患者さんはどう思われたのだろうかという想いも巡ります。患者さんのご家族からお見送りの際にありがとうございましたというお言葉をいただくことがありますが、ご家族にとってとてもお辛い状況の中、そのようなお言葉をいただくのは、なんとも言い難い、込み上げてくるものがあります。その度に、もっと頑張らなければと想います。
乳がんは現在、大きく分けると5種類のタイプに分けられていますが、将来的にもっと様々な遺伝子の違いが分かることで、より細分化され、個別化した治療が可能となると思っています。
患者さんにとってはがんになってしまったことは、とっても理不尽で、なかなか受け入れ難いことだと思います。そんな中でも、将来のある時、不運な出来事ではあったかもしれないけど、ご自身の人生の一つの重要な出来事として前向きに捉えられるようになるかもしれません。一緒に治療していくことで、そのような一助になりたいと思っています。
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