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私はどちらかと言うと物事を慎重に考えるほうで、若い頃から勢いに身をまかせるということはありませんでした。最良の選択肢だけでなく、常に次善の策も考えなければ気が済まない性格もありましたし、当時はインターネットもなく、研修医制度についての情報も今ほどは豊富ではなく、ロールモデルや人生像を得にくい時代だったということもあって、卒業間近になっても専門性を決めあぐねていました。そうして迷っているうちに、どんどん各診療科の入局受付は締め切りが過ぎていき、最後まで門戸を開けて待っていてくれたのが、東京医科歯科大学の脳神経外科でした。脳神経外科については、入局するまでなんとなく“忙しそう”という印象が浮かぶだけで、馴染みがうすかったのですが、当時の教授と医局長のお人柄に惹かれたこともあり、これもご縁と思って入局しました。その後は脳神経外科の偉大な先輩方に引っ張ってもらい、なんとかこれまで続けることができたというのが実際のところです。最近は日々やりがいを感じています。
脳卒中など一般的な脳血管障害の診療を幅広く行っていますが、稀少疾患や難治症例を多く経験していることが特徴です。つまり珍しい病態や他院では治療が難しい症例にも対応が可能という点が当科の特徴として際立っていると思います。具体的には、脳の動脈の一部が瘤状に変形した脳動脈瘤はくも膜下出血の原因となりますが、このうちサイズが大きいものや、動脈と静脈が繋がって拡張・迂曲した血管の塊を形成する動静脈奇形などの先天異常、硬膜動静脈瘻、頭頸部の血管腫、頭蓋骨の底部など手術が難しい部位に発生した脳腫瘍などが挙げられます。
まず、脳動脈瘤の治療法について説明すると、クリッピング術と言って、頭蓋骨の一部を切り取って動脈瘤のある血管を直接目で捉え、瘤の根元をクリップで挟むことで血流を遮断する開頭手術と、血管内治療というカテーテルによる塞栓術があります。
塞栓術は、太腿を走る動脈からカテーテルを挿入し、脳の動脈瘤まで進めます。そして、コイルと呼ばれるとても柔らかい糸のような金属製のワイヤーを動脈瘤に詰めて、血流を遮断するという治療法です。
脳動脈瘤は破裂しない限り自覚症状がほとんどない病気です。破裂するリスクは経時的に累積しますが、さまざまな研究や私の経験においても、ほとんどの動脈瘤は年間の破裂率が1%未満にとどまります。そのため、治療をせずに経過観察とする場合も少なくないのですが、動脈瘤の直径が6〜7ミリより大きい、破裂しやすい場所にある、破裂のリスクが高い形をしている、ご家族やご本人にくも膜下出血の家族歴がある、と言った要因をお持ちの場合には積極的な治療がすすめられます。ただ治療の適応に際しては、医学的にはっきり判断できる場合ばかりではありません。まずは患者さん自身の治療に対する思いや希望を優先するべきだと考えています。患者さんによっては、「治療はしたくないけれども、安心のために破裂する確率について聞きたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。治療に伴うリスクはゼロではありませんので、患者さん自身の考え方によっては必ずしも治療が必要なわけではないと思います。まずは、患者さんが何を不安に思っているのか聞いて、その訴えに寄り添うことが大切だと思っています。
コイル塞栓術の良い点は、やはり何より低侵襲であることです。開頭クリッピング術はコイル塞栓術よりも長年行われてきた治療法で、直視下に手術できる、再治療になる確率が低いなどの良さがありますが、やはり侵襲は大きくなってしまいます。
また血管内治療は、病態生理や医療工学など医学の進歩が反映されやすく、どんどん新しい治療法が開発されている点も良い点と言えるでしょう。カテーテルやステントなど手術に用いる機器、治療器具の進歩により、これまで治療に難渋していた症例も安全性や治療成績が向上しており、今後5〜10年でさらに発展して治療適応が拡大されると思います。
患者さんに知っておいていただきたい注意点としては、局所麻酔でも手術が可能な、低侵襲な治療であるなどの良い点ばかりに目が行きがちですが、手術である以上、多少なりともリスクを伴うということです。いくら侵襲性が低いとは言え、カテーテルやコイルの挿入と言った血管への物理的な操作があります。頻度はとても低いですが、手術中の動脈瘤の破裂や脳梗塞、脳出血を起こしたり、カテーテル穿刺部のトラブルなど相応のリスクがあります。また、治療の前後には脳梗塞を予防するために血を固まりにくくするお薬を服用しますが、この薬によって出血し易くなったり、血小板など血液の成分が減少してしまったりと言ったリスクもあります。
ほとんどの患者さんは何事もなく治療を終えられます。しかしコイル塞栓術もリスクがゼロではないので、治療を受ける際は慎重に判断していただきたいです。通常の破裂リスクの方は時間に猶予があるので、1〜3ヶ月程度よく考えたうえで決断するくらいで良いと思います。
基本的には、最初は半年に1回、その後1年に1回の間隔で経過を見ていきます。治療結果の具合や動脈瘤の大きさ、場所によっては、もう少し短い間隔で受診して頂く場合もあります。動脈瘤のサイズが小さい場合や根治と考えられる場合でも、違った部位に新たに動脈瘤ができる場合もありますので、数年ごとにMRI検査を受けて頂くことをおすすめしています。
ここ10年間で250例程度のコイル塞栓術を行ってきましたが、治療したにも関わらず破裂してしまった症例も1例だけありました。比較的大きい動脈瘤で、発見後は早期に治療したのですが、治療後1年半程で詰めたコイルが崩れていました。そのため、再治療をすすめましたが、ご本人が躊躇されて承諾されず、そうこうしているうちに破裂に至ってしまいました。今でも、何とかできなかったものかと悔やまれます。治療後は再発リスクが低いと思われるような症例であっても、万が一ということがありますので、治療後も慎重に経過を診させていただいています。
脳動脈瘤の治療を決断するにあたり、悩むのはごく当たり前なことです。医師から、「100人に1人が破裂します」「30年後に破裂する確率は30%です」などと説明を受けるかもしれませんが、あくまで大規模な研究の結果であって、その結果が患者さん個人にそのまま当てはまるわけではありません。データを参考にすることは大切ですが、ご自身のお気持ち、病気による今後の人生への影響をよく考え、ご家族ともよく相談を重ねたうえで治療方針を決定しましょう。脳動脈瘤は治療を急ぐ必要のないことの方が圧倒的に多いので、考える猶予は十分あります。
また、治療を受けると決めた際に、治療成績や評判だけでなく、医師と良好な信頼関係を築くことができそうかどうかも考えて治療先を選んでください。私は、患者さんと信頼関係を形成するうえで大切なことは、医師が思い描いている患者さんの理解と、実際に患者さんが理解している内容との間に、できるだけ乖離を小さくすることだと思っています。担当医の経験が豊かで、説明がわかりやすく、ご自身の悩みに寄り添ってくれるようであれば、安心して治療に臨んで頂いて大丈夫だと思います。
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