
元々、私は慶應義塾大学の文学部で認知心理学や行動学を学んでいました。心理学の論文などを読む際に医学系の論文に触れることもあり、医学にも同じ領域の研究があることを知りました。心理学や行動学のテーマは人間そのものであり、自分も何に興味があるかというとやはり人間そのものでした。医学も人間をみる学問であり、面白そうだと感じたので、卒業後に弘前大学医学部に学士編入しました。
医学部進学後は、精神科に誘っていただくこともあったのですが、私自身が取り組んでいた心理学の分野は実験心理学と言う分野で、精神医学やカウンセリングではありませんでした。実験心理学は言葉通り、実験を行い、その結果から真実を導き出すという学問です。そういった人間の行動や認知に関するデータを読み解き、直接患者さんの行動に生かすことができる科はどこかと考えた時に糖尿病内科が合っているのではないかと思い、糖尿病内科に進むことを決めました。また、先輩方からは糖尿病内科は患者さんと一緒に年をとれることがいいと言われており、私自身も10年や20年と患者さんの経過を診ていける糖尿病内科に魅力を感じたと言うこともあります。
医学部卒業後、全国的にも研修プログラムが有名な国立国際医療センター(現: 国立国際医療研究センター)で初期研修を行いました。そこでは内科を専門とする場合、得意不得意をつくらないために殆ど全ての診療科を研修するという特徴的な研修体系が組まれており、とてもハードな経験でしたが、総合的な内科の能力は鍛えられました。研修での経験は現在の地域医療で幅広い患者さんを診ることにとても活きていると実感しています。
研修終了後は、横浜市立大学の分子内分泌・糖尿病内科学への入局と同時に大学院博士課程に進学しました。通常、大学院は臨床を何年か経験してから進学することが多いのですが、当時の私は思い切って研修医2年目のときに受験しました。そのため、医師となって比較的早い段階から研究にも携わりました。研究の内容もマウスを用いるような基礎研究ではなく、臨床研究を行なっていました。この頃の臨床と併行して研究を深めるという経験も今の自分と繋がっているところです。
この研究の背景には糖尿病専門医が不在の医療機関でも糖尿病の教育入院ができないかという思いがありました。糖尿病は罹患率の高い疾患ですが、糖尿病専門医が常勤で所属している医療機関は限られています。
私自身、関連病院の勤務は週に1回程しか出来ない状況でしたので、インスリン強化療法導入時のインスリン量の調整は、自分がいない状況の場合、どうやったら実現できるだろうと考え開発に至りました。結果、想定以上の精度で自動調整を行う手法を開発でき、高い効果が得られました。実際に使用された患者さんも多く、現在、神奈川県内4つの医療機関でお使いいただいております。
以前は、現在私が開業している三浦の地域には糖尿病専門医がいませんでした。その頃、私は大学院での研究の傍ら、三浦市立病院で外来を担当し患者さんを診ていたのですが、博士課程修了後、研究者として大学に戻るお話もいただいていました。その際にこの後、誰が三浦の地域で糖尿病診療を続けるのかと言う話が出ました。私自身、三浦の地域で診療をしたのに、そのままにして立ち去ると言うことに心が痛みました。そうしたなかで、医師不在で閉院となっていた三浦中央医院で仕事をするというお話をいただき、ここでの開業を決めました。
当院は2014年に開業し5年が経ちました。これまで他院で治療を受けたものの、なかなか良くならなかったという患者さんも多くいらしています。糖尿病治療ではHbA1cと言う検査の値を7.0%以下にコントロールするとよいと言われていますが、当院で治療を受けられた患者さんのデータでは、受診時のHbA1c が8.0%や9.0%以上であっても、当院の治療を受けることによってHbA1c 7.0%以下になったと言うことは多く経験しています。これからも多くの患者さんに専門医による適切な治療を受けていただきたいと思っています。
私が医師となった2000年代後半頃から糖尿病領域では相次いで新薬が開発されました。良い薬が次々と出てきたお陰で糖尿病の治療は洗練され、薬の使い方が上手な医師の手にかかれば、それこそ詰め将棋を解くかのように血糖値を下げられるようになってきました。糖尿病専門医のもとで専門的な治療を受けると、きちんと効果がわかる場合が多いのです。
実は糖尿病専門医からすると、これまでの治療でHbA1cが改善されなかったという場合、患者さんの検査値とこれまでの処方箋を見れば大体の要因がわかります。例えば、糖尿病治療薬にはインスリンの効き目を良くするための抵抗性改善系のお薬とインスリンを多く出すための分泌促進系のお薬があるのですが、糖尿病をご専門とされていない先生の場合、インスリン分泌促進系のお薬に偏る傾向があります。このお薬は肥満傾向のある方ではあまり効果のないことも多く、そう言った場合、我々はインスリン抵抗性改善薬を織り交ぜた治療をします。他にも糖の吸収や排泄を促すSGLT2阻害薬などのお薬をきちんと見極めて治療していきますので、糖尿病専門医がお薬を調整することで治療に差が出るようになってきています。
認知症やパーキンソン病などの病気の場合、症状の進行や治療の効果は患者さんやご家族の方の感じ方に委ねられてしまう部分もありますが、ありがたいことに糖尿病の治療効果は数値で判定できます。そのため、患者さんも今の数値を知りたいという動機で受診に来ていただけます。たまに検査を行わないと、「今日は検査しないの?」と言われることがあるくらいです。糖尿病は治療の見える化が進んでいる分野なので、一緒に数値を見ていくことが患者さんのやる気にも繋がっています。
また、治療を開始する際には、しっかりと糖尿病について説明させていただいております。糖尿病は広く知られている分、誤解も多く、例えば食事の習慣や生活習慣だけが糖尿病の原因という印象を持たれてしまうことがありますが、実際には体質や遺伝によってインスリンを出す量には個人差があり、体重が100kgを超えても糖尿病にならない人もいれば、50kgしかないのに糖尿病になる人もいます。糖尿病のなりやすさが家系・体質・遺伝によって左右されるという事実を知っておくことが大切です。生活習慣以外の要因もあると言うことを丁寧にご説明しないと、血糖値が改善しないのは自身の生活習慣に問題があると自責してしまい、治療継続が難しくなってしまうこともあります。本来はこう言った話も含めて説明するのが糖尿病の教育なのですが、医師も患者さんの生活習慣をつい責めてしまうことが多いため、まずはそこまで自分を責める必要はないということをきちんとお伝えすることが必要だと思っています。
糖尿病専門医として診療している中で一番辛いのは、糖尿病の合併症が治らない状況になってから患者さんとお会いすることです。以前に糖尿病が原因で50歳代と若くして亡くなられた方がいらっしゃいましたが、その方は手足の壊疽や失明、腎不全による透析などの合併症で日常生活もままならない状態になってから当院を受診されました。当院にいらっしゃってからはしっかりと治療させていただきましたが、既に損傷を受けてしまった臓器は取り戻すことが難しく、残念ながら3年ほどで亡くなられてしまいました。やはり糖尿病で若い方が亡くなるというのはショックも大きいです。
糖尿病は放置すると寿命が10年縮むといわれています。私は患者さんが80歳を越えても元気に生活出来るようにしたいと思っていますが、実際には60代後半から要介護などの状態になる方も多くいらっしゃいます。この平均寿命との乖離をどれくらい取り戻せるかと言うことに私は取り組んでいますが、患者さんの受診される時期によってはやはり難しいこともあります。寿命の短縮以外にも、糖尿病を放置してしまうことで、30代で失明、足の壊疽を合併し、仕事の継続が難しくなって生活保護になるという方もいらっしゃいます。当院で治療されている方の最高齢は107歳ですが、一方で30代で糖尿病によって人生を奪われる方もいらっしゃり、いかに早期の介入が大切かということを実感しています。がんと一緒で、症状が出てから対処していては遅いのです。
足壊疽、眼、腎臓のように一度、損傷を受けた臓器の治療はやはり難しいのですが、新しい血糖を下げるお薬には合併症にも効果が期待されるものもあります。SGLT2阻害薬と言うお薬は腎臓を保護する作用が強く、糖尿病性腎症が進行した状態でも腎機能を取り戻せる場合があり、心不全に対しても改善が望めます。これらを十分に活用できる先生が増えたら、透析への移行を回避できる患者さんが増えてくるのではないかと思っています。
SGLT2阻害薬と言うお薬は尿とともに血液中の余分な糖を捨てるというお薬です。もともと私たちの体には腎臓で血液をろ過し、余った糖を尿として捨てる機能があります。通常は糖を捨て過ぎないように、腎臓で糖を再吸収しているのですが、SGLT2阻害薬はこの糖の再吸収を阻害する作用があります。
この薬では糖が尿中からたくさん排出されるので、体重も1.5kg~2kgくらい下がります。更に体重の減少だけに留まらず、心臓や腎臓の機能の改善や脂肪肝にも効果があることがわかりました。作用機序については、まだはっきりしていないところもありますが、おそらくSGLT2阻害薬を使用することで合併症が減り、患者さんの寿命も延びるのではないかと思っています。
なるべく早期から血糖を抑えて合併症を予防し、合併症が進行した場合は合併症ごと治療することが重要です。しかし、糖尿病の患者さんのうち、実際に治療を受けている患者さんは半分くらいと言われています。そのため、これからは病院で重症になってしまった患者さんを待っているだけではなく、私たちが外に出て、早期からの健康教育を行うことが重要だと思っています。健康診断があると言われても健康診断を受けない、病院に行く必要があると言われても受診せずに放置するという方もいらっしゃいます。きちんと情報をお伝えして、将来の合併症の可能性や生活への影響を理解していただき、もっと早期の治療を促していく必要があります。
短期的には市民・住民の方に正しい情報をお伝えしていきたいと思っています。長期的には少し大きな話になりますが、人生100年時代と言われるなか、本当に100年生きられるように、地域に仕掛けを作っていきたいと思います。地域医療は、地域に医師がいて治療を行うことだけではありません。その地域やコミュニティと関わった上で、地域の問題に対し、医療という技術を使って何ができるかを考えていくことだと思っています。
糖尿病の場合、寿命が10年縮んでしまうと言われているので、まずは糖尿病の患者さんが80歳まで長生きできるようにしていきたいです。これに加えて地域の平均寿命を3年でも伸ばせたらと思っています。三浦の地域は人口減少だけでなく、高齢化率も高い地域です。高齢の方が増える一方で、若い方は減っているので、労働力となる生産人口がどんどん減っています。また、農業や漁業と言った一次産業に従事されている方が多い地域ですので、定年がなく、65歳でも70歳でも働いて一家を支えておられる方が多くいらっしゃいます。そう言った方々が脳梗塞や心疾患で倒れてしまうことがないように、70代でも健康であって、かつ3年働ける時間を増やすことが出来ればと思っています。「社会の縁の下の力持ち」として、地域の人口減少を緩やかにし、生産人口を確保することで、地域の衰退を抑えることが出来ればよいと思っています。
当院は糖尿病の医療機関として名前が知られていますが、実際には他の様々な疾患でお越しいただいている患者さんも多く、在宅医療も行なっています。どの診療科に行ったらよいかわからないという場合でも良いですし、どういうご相談でもまずは当院に来てください。我々の医療機関で治療出来ることは当院で対応させて頂きますし、対応が難しい場合には当院のネットワークを活用して他の医療機関と適切に連携させて頂きます。
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