
元々、サルの生態について興味があり、予備校時代には嵐山のサルに餌をあげるボランティアに参加するほど生態学に興味がありました。しかし、理学部には不合格で、女性が何浪もした先に本当に研究者になれるか不安があり、一方、偶然医学部には合格していました。臨床で実践を行いつつ、そこから得た知見を突き詰めていく医師の仕事は、私が思い描く職人的な要素と合致しているとも思い、医学部に進むことにしました。
医学部を卒業後、救急の経験を積んでいる際に、連携して診ていただいていた精神科の先生から「君は精神科に向いているよ。」と言われたことがきっかけで精神科の道へ進みました。精神科では、心の問題を背景に身体的な症状を訴える作為病やミュンヒハウゼン症候群といった疾患を抱える方を中心に診察を行なっていたことから、身体表現性障害を専門とすることになりました。
長く精神科に身を置いているということは、その先生がおっしゃった通り、向いていたのかもしれません。こうして振り返ると、ここまで流れに身を任せて来ているところがありますが、今では精神科医が自分の肌にあっていると思いますし、精神科の道を選んで良かったと思っています。
教授の退官に伴い当時勤めていた大学病院を退職し、立正大学の心理学部に赴任しました。赴任した当初は大学とは別のクリニックで週に1回ほど、それまで診ていた患者さんの診療を引き続き行なっていましたが、患者さんからの要望もあり、現在のクリニックの院長でもある鬼頭先生と共にクリニックを開業しました。現在も大学で学生を教えながら、患者さんの診療も行っています。
私の専門とする身体表現性障害は女性に多いので、開院当初は近隣のクリニックと比較すると女性の割合が圧倒的に多かったです。しかし、神田という土地柄、徐々に男性の患者さんも増え、現在では受診される方は女性が6割、男性が4割と、全国平均とほぼ同じ割合になっています。
医師は現在11名在籍しています。うつ病や不安障害以外にも、児童発達障害や大人の発達障害の専門医もおりますので、注意欠陥・多動性障害(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)を含めた発達障害の患者さんも多くいらっしゃっています。受診される方の約6割が40歳以下と、比較的若い方が多いのも当院の特徴だと思います。
当院には医師の他に、カウンセラー21名や精神保健福祉士(PSW;ソーシャルワーカー)3名の体制で診療しています。社会保険労務士も週に1回在院しています。そのため、医師の診察だけでなく、復職支援やカウンセリング、環境調整、社会支援も可能となっています。
復職支援としては半日で行うショートケアと一日のデイケア、夜間行うナイトケアのリワークプログラムを用意しています。ショートケアの方が患者さんの費用負担も軽いですし、午前中のプログラムに参加した後は図書館や自宅で過ごすことができるので、当院ではショートケアを利用し、復職される方も多いです。
その他には「こころ塾」という心理教育プログラムもご用意しています。プログラムには、診断された疾患への理解や向き合い方、ストレスとの付き合い方、他者とのコミュニケーション法などを行っています。マインドフルネスや認知療法の中にはバランスボールを使った運動療法のプログラムなど多くのプログラムを用意しています。また、ナイトケアのプログラムでは、仕事終わりにプログラムに参加する方もいらっしゃいます。
女性向けリワークプログラムは、ある女性患者さんの声で立ち上げることになりました。その方はどこのリワークデイケアに参加しても続かないとおっしゃられていたのですが、その理由として男性が主で女性が発言できないことを挙げられていました。
女性の場合、社会や集団の中で進んで性別的役割を引き受けてしまうことがあります。察しの良い方や賢い方は発言や振る舞いをその場の状況や損得から考えてしまうことがあり、自分が復職するためのプログラムに参加していても、自分のことよりも他者へ世話役や調整役を優先してしまうことがあります。こうした性別的役割の要請は社会や男性側だけにあるのではありません。
その方は性別的役割にとらわれることなく女性だけのリワークプログラムを求めていました。他の方にもお話を聞いてみたところ、雰囲気を気にして発言できない、場の雰囲気が悪いとつい仲介役となり世話を焼いてしまう、女性の悩みや葛藤が話しにくいと同様の声がありました。従来のリワークプログラムは女性の参加割合が1割程度でしたので、当院では女性のみのプログラムを立ち上げることにしました。
当クリニックの女性向けリワークプログラムは、患者さんだけではなく、スタッフもすべて女性です。プログラムにはナラティブセラピーといって固有の悩みや葛藤にフォーカスしたセラピーのプログラムも用意しています。リワークプログラムが続かない、男性の目を意識して自由に振る舞えないと言った方は、ぜひご相談ください。
精神科の診断は理念型や概念型と言われ、他の診療科と比べると大きく異なる診断体系になっています。
例えば、うつ病の診断に光トポグラフィーという検査が有効と言われることがありますが、光トポグラフィーの結果とうつ病の診断結果が合致するのは約50%と言われています。統合失調症にしても機序を同じくする単一の病気ではなく、ある概念に基づいて集められた症候群だと多くの精神科医は理解しています。このように精神科医療における証拠はあくまで傍証に過ぎませんので、中には精神科の世界はいい加減だと言う方もいらっしゃいます。
精神科医は目の前の患者さんの訴えや症状を聞き、どの疾患の概念に当てはまるか確認しながら診断を行なっていきますが、訴えや症状は時代や文化的背景によっても変わっていきますし、昔と今で診断が全く同じとは限りません。常に流動的だからこそ、目の前の方の悩みの改善のためにはどういった治療やプログラムが有効かを考えていくことが大切だと考えます。さながらジグソーパズルを解いていくようなイメージです。
我々にできることは、一つの概念に固執せず、時代の流れに合わせて診立て、快方に向かうための方法をしっかり見極めることだと思います。
また、自分が患者になった時にかかりたいと思える診療所であるかということを意識しています。自身が患者だったらどういうプログラムや治療があればいいかと考えていますし、こうされたら嫌だなということはなるべく排除していきたいと考えています。あなたは病気だからと、医師の方からあれこれ制限し、決めてしまうのは違うと感じています。治療を終えて社会に戻れば、様々な葛藤や困難に直面します。そうした悩みや困難から守ったり、隔離したりするのではなく、何が患者さんの人生のプラスになるかを考え、一緒に乗り越える道を探していくことが大切だと思います。
過去は変えられませんが、今と未来の行動で過去の体験の意味を変えられると思います。辛い思いを抱えたままですと、あの時の辛い体験のせいで…と暗い気持ちになりがちですが、人間の脳は不思議なもので、パソコンの上書き保存のように、辛い過去があったから今がある、現在の自分が幸せなのは、あの辛い過去を乗り越えたからだ、と振り返ることもできます。生来、人は危険を避けるために、辛い思い出を反芻することの方が得意だったりしますから、辛い思い出から未来を幸せにする方略を見つけることが大事です。
未来を向き合うことができるようお手伝いすることが我々の仕事です。起こった悲しみに向き合い乗り越えることで、未来は変わりますので未来を一緒に作っていく協力者として関わっていければと思います。
西松先生は、「クリニックやリワークプログラムの立ち上げは全て患者さんの声から生まれたようなもの。だからこれからも患者さんの声を聞いて必要なものは提供していきたいと思っています。」と笑顔で語られていました。一人一人と丁寧に向き合っている先生のお話を聞くなかで、自分が困難に直面した時にも、それをどう乗り越えるか一緒に考え、寄り添ってくれる先生だと感じました。
※掲載している各種情報は、 ティーペック株式会社 および クリンタル が調査した情報をもとにしています。 出来るだけ正確な情報掲載に努めておりますが、内容を完全に保証するものではありません。
掲載されている医療機関へ受診を希望される場合は、事前に必ず該当の医療機関に直接ご確認ください。
当サービスによって生じた損害について、 ティーペック株式会社 および クリンタル ではその賠償の責任を一切負わないものとします。
匿名での投稿が可能ですので、ご協力よろしくお願いします。