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私は、東京女子医科大学医学部に進学し、臨床医学を学んで程なくがん治療医になろうと思いました。
がんを治療する方法には、手術と薬物療法、そして放射線療法の3つの方法があります。当時、がん治療の中では外科が主流でしたが、体にメスを入れると言うことは患者さんにとっても負担の大きな治療となりますので、切らないで治す治療に携わりたいと考えました。その頃は日本にはまだ腫瘍内科がなく、化学療法でがんを治療する科として、白血病や悪性リンパ腫の治療を行う血液内科に行こうと考えました。ところが、当時は抗がん剤による治療も今ほど発達しておらず、白血病や悪性リンパ腫で治って退院する患者さんは多くはない現実がありました。毎日、患者さんのために頑張るなか、助けられず亡くなる患者さんと向き合い続けると言う現実を目の当たりにし、辛さを感じました。
そうしたなか、クラブ活動の顧問でいらっしゃった田崎先生ががんの放射線療法をご専門とされており、医学部3年生の時に先生の最終講義を拝聴しました。田崎先生は日本放射線腫瘍学会の初代会長も務められたのですが、その講義のなかで放射線でがんが治るという話に感銘を受け、放射線腫瘍学に興味を持つようになりました。
東京女子医科大学は放射線療法で有名でしたので、4年生になると放射線療法の講義がたくさんあり、5年生の夏休みには病院実習に行きました。当時、放射線療法に興味がある学生は多くなく入局を勧められました。がんが放射線療法で治るのを目の当たりにし、学生結婚をした夫が放射線腫瘍医を選んだ影響もあり入局を決めました。
私が医師になった頃は研修医制度のない頃でしたので画像診断を1年、核医学を半年、放射線療法を半年と2年間勉強した後に自分が進む道を選ぶという形で、放射線腫瘍学を専門とすることに決めました。
世界的にはがんで治療を受ける患者さんのうち、50%以上の方が放射線療法を受けています。しかし日本では30%程度にとどまっており、放射線療法は十分に浸透しているとは言いにくい状況です。10年程前に、日本の放射線療法の普及率が低いということで、がん対策基本法が制定され、放射線療法と薬物療法をもっと充実させる取り組みがなされました。その後10年経ち、手術領域では縮小手術や低侵襲手術、ロボット支援手術が台頭してきました。がん薬物療法においても分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤が開発されてきましたが、放射線療法については、世界と比較してまだ十分に普及しているとは言えず高精度化も進んでいません。
日本人は歴史的な背景から、あまり放射線が好きではないということもあり、未だに放射線療法がそれほど増えていない現状があります。そもそも、地球上にこのレベルの放射線があるから人類が繁栄できているとも言われ、放射線はあるだけで害があるというものではありません。東日本大震災の際には放射線フリーの食べ物というのが話題になり、放射線自体に害があるという言われ方がされましたが、それは全く間違った認識で我々、人間も日々、微量の放射線を出していますし、地球上に放射線フリーというものは存在していません。本当に勉強なさったら放射線は恐ろしいものではないということがわかると思います。なんとなく怖いというイメージを持たれている方もいらっしゃるとは思いますが、ご自身やご家族ががんになって、真剣に調べられると、放射線療法が有効で標準治療であることがわかると思います。
30年程前は放射線療法が必要ですと言った場合、「遺書を書くからちょっと待って」という方もいらっしゃいましたが、現在ではそのようなことはなくなりました。「そうだよね、友達も放射線療法を受けたって言っていた」「友達や、その友達も必要と言っていた」とおっしゃる方もいらっしゃいます。中には、「放射線療法が良いと思っていた」と自ら希望して、いらっしゃる方もいます。放射線療法を受けるにあたって、患者さんのリテラシーは向上していると思います。
乳がんに対する放射線療法では主に3つの研究に力を入れています。1つめは、重粒子線治療の研究で、2つめは寡分割照射法、そして3つめは加速乳房部分照射です。
重粒子線治療というのは1994年に放射線医学総合研究所が世界で初めて行なった治療です。2011年に私が異動した際には、様々な要因から乳がんに対する重粒子線治療は行なわれていなかったのですが、実は一番問い合わせが多かったのが乳がん治療に関するものでした。私は放射線医学総合研究所に異動後、研究準備をし、2013年に世界で初めて乳がんに対する重粒子線治療を行いました。今も2つの臨床試験を行っています。
2つめの寡分割照射法についてですが、寡分割照射法というのは照射1回あたりの線量を多くすることで照射する回数を減らす方法で、2007年頃から取り組んでいます。欧米では標準的な治療法になっていますが、当時の日本では普及しておらず、乳がんの場合、通常分割照射法といって1回約2グレイの照射線を25回照射し、その後リスクの高い方には追加照射として5回照射を行う方法が標準となっていました。患者さんの利益を考えれば、同等の効果で、副作用の皮膚炎も少ない寡分割照射法を日本でもやるべきと考え、研究を始めました。現在では、診療ガイドラインにも取り入れられ標準治療となっています。しかし、寡分割照射法を行うと回数で料金が決まる日本の医療体系では医療機関の収入は減少するので、どこの施設でも行っているかというと、未だそうではない現状があります。
3つめの加速乳房部分照射という方法は、再発リスクの少ない早期乳がんに対して全乳房照射を行わずに乳房の局所だけに照射する方法で、日本ではいまだに臨床試験中の方法です。照射に必要な期間は数日になるのですが、照射方法はとても高精度になります。こちらも欧米では標準的に取り入れられるようになってきていますが、日本では回数が減ると医療機関の収入は減るので研究も進んでいません。
日本でなかなか国際的な標準治療法が普及しない現状がありますが、この背景には乳がんの放射線療法を専門とする医師が非常に少ないことも影響していると思います。
日本ではそもそも放射線療法を専門とする医師自体が不足しています。加えて、乳がんの場合、放射線療法の目的が主に術後再発の予防となりますので、患者さんの治療成績への影響は前立腺がんなどの根治を目的とした照射と比べると分かり難いこともあります。
そのためか、今日本で放射線療法を行っている患者さんの中では、乳がんの患者さんが一番多く、どこの病院でも乳がんに対する放射線療法は行なわれているのですが、放射線腫瘍医で乳腺専門医を持っている医師は非常に少ないことが現実です。加速乳房部分照射などの患者さんの負担をより軽くするための治療法の普及のためにも、乳がんの放射線療法を専門とする医師がもっと増えてほしいと思います。
例えば、がんと診断されてどこの病院で手術しようと検討した場合、その病院がどういうメスを使っているかということを判断材料にするでしょうか。乳腺外科医がどれだけ経験豊富かということや、その治療に詳しい様々な専門家からなるチームがあるかということが大事ですよね。放射線治療装置によって病院を選ぶことは、同様におかしなことだと思います。高額で高度な医療機器があれば治るということはなく、それらを扱う医師やチームのほうが大切なのです。
チームで治療をしているのであり、装置が治療している訳ではないですし、とてもよく切れる電気メスを使えば、誰もが良い手術ができるわけではありません。放射線治療専門医を含め、医学物理士という医療分野の物理学者がいるか、放射線治療専門診療放射線技師と放射線治療専門看護師がいるかといったチームのほうが大切と思います。
乳がんで放射線療法を受けられる方は乳房温存を目的とした照射であったり、乳房切除術後の照射であったりする方が多いのですが、予防的な照射となるため、凄く細かく考え時間を費やして病院を選んだりする必要はないかもしれません。ですが、外科医の先生や腫瘍内科の先生と同様に、放射線療法の領域でも病院や担当医によって行なっている治療のレベルは少しずつ違っています。誰がどのように患者さんを診察をして、どのような放射線療法をするのかはどの施設でも同じではありません。ご自身で十分に先生の話を聞き、納得された上でお受けになるのなら、その病院で受けて良いと思います。しかし、もし話を聞いた上で納得できない部分があるのであれば、他の施設で放射線療法を受けることもできるでしょう。手術できないような局所の進行した乳がんでも放射線療法を行うことができます。しかし、手術と放射線治療は局所治療ですので、ご病気が全身に及んでいる場合には薬物による全身治療も必要となります。全身治療が必要な患者さんに、患者さんのご希望から局所の放射線療法だけを行うことは、技術的には可能であっても、患者さんのためにはなりません。
患者さんには、正しい情報を基に、落ち着いて考えて、治療法を選んでほしいと思います。噂やインターネットの情報、友人が行なっているということだけで決めず、「患者さんのための乳がん診療ガイドラインの解説」や国立がん情報センターのウエブサイトなどの信頼出来る情報を参考にしてください。乳がんは治りのよいがんの代表ですから決して、乳がんになったからといって頭が真っ白になる必要はなく、落ち着いて考えてくださって大丈夫です。
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