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大矢 幸弘 先生

アレルギー/喘息の名医
専門
小児アレルギー疾患
掲載開始日:2016年04月12日
最終更新日:2017年01月30日

臨床実績


アレルギー・喘息患者数/月
***

専門医資格
***

学会職位
***

学術活動


論文・学会発表数
*** 件
※件数は英語論文を含まない場合がございます

最終論文・学会発表年
*** 年

学術機関
***

出身大学
***

略歴
***

受診しやすさ


初診までの待機期間
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医師指定受診
***

外来待ち時間
*** 時間程度

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大矢 幸弘先生のインタビュー

公開日:2019年05月07日
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真理はどこにあるのか。科学的根拠に基づいた治療研究でアレルギー疾患の真理を導き出す

大矢先生が医師になられたきっかけはどのようなことだったのでしょうか?

実は最初は医学部ではなく、哲学科に行きたいと思っていました。しかし、高校3年生の時に哲学科に進学した先輩から話を聞くことがあり、哲学科は私の想像していたような人間の本質について考える場ではなく、昔の哲学者が発見してきたこと、言ってみれば哲学史を学ぶ場であるというようなことを言われてしまいました。その後、私自身もいくつか哲学に関する書籍や様々な専門書を読む中で理論物理学などの科学にも心惹かれました。将来的に医学を通して科学的に人間を研究することで、机上の空論の哲学ではなく、真理と科学的に直結する真の哲学ができるではないかと思い、結局、医学部に入学することにしました。

いざ医学部に入学してみると、何故そうなるかということを考える前に、膨大な知識を記憶することばかりで、私にとってはあまり面白いところではありませんでした。当時は今と違い進級要件が緩かったこともあり、哲学書や宗教書を読んでばかりいた私は6年生まで試験を全部落としていたのですが(同級生は、ナナハンで大学に通い、週末は鳥羽でヨットか鈴鹿でジムカーナをして遊んでいたせいと思っていたようです)、6年時に医学部長に呼び出されたことをきっかけに必死で勉強するようになり、全てギリギリでしたが試験に合格し、なんとか医学部を卒業することができました。

医師国家試験についても、直前の模試では偏差値が40台しかなく、これでは合格は無理だと思いましたが、睡眠時間を削り、起きている時間は全て勉強し、試験会場に行く前の電車の中でもひたすら猛勉強することで、なんとか合格することが出来ました。その際に、今でこそ専門としていますが、小児科の試験がとても難しく、一番苦手としていたのを覚えています。

そのようなことだったので、卒業後の進路のことは全く考えておらず、小児科を専門とすることに決めたのは名古屋大学の関連病院での研修を通じてとなります。研修医時代、川崎病が流行っていて、私もあるお子さんを川崎病と診断し、入院させたのですが、実は麻疹だとわかり、上級医から叱られました。学生時代から小児科は苦手としていたこともあり、難しそうな小児科だからこそ専門となって深く知ろうと思い、小児科に入局しました。

小児科の中でもアレルギー疾患を専門とするようになったのはどう言った経緯からでしょうか?

入局後は実は先天代謝異常のグループに配属され、基礎医学研究の先生から酵素活性測定やDNA解析などを教わりながら、研究の合間に臨床を診ていました。その時に非ケトーシス型高グリシン血症と言う難病に悩むお子さんを診る機会がありました。当時は治療方法もなく、このお子さんも数ヶ月で亡くなってしまうのではというとても厳しい状況でしたが、何かやらないといけないと思う一心で取り組んだ結果、症状の緩和にあるお薬が有効である可能性を発見しました。当時のScience誌の最新号にグリシンの新たな受容体が発見されたという論文を見つけたのです。その受容体に作用する薬を探したところ、入手できることがわかりました。当時は臨床試験などの仕組みも今ほど整備されておらず、ご両親からもこのまま亡くなってしまうのであれば、兎に角なんでもいいから何か治療してほしいと希望され、一か八かで治療を行いました。この経験を通じて、初めて医学も本質を追求することができるかもしれないと思いました。

その後、大学院を卒業し、関連病院である国立名古屋病院に行きました。当時は重症のアトピー性皮膚炎の患者さんが増えている時代でもあり、国立名古屋病院にも喘息やアトピー性皮膚炎などの慢性疾患の患者さんが多くいらっしゃっていました。私は先天性代謝異常を専門としていましたが、ある時、重症のアトピー性皮膚炎の患者さんを診ることになりました。そのお子さんは重症のアトピー性皮膚炎の結果、電解質異常や退行変性を起こしていたのですが、あまりに重篤な症状なので背景に代謝異常が疑われて紹介されてきました。

今でこそ重症のアトピー性皮膚炎に対して強いステロイドを使うことは当たり前となっていますが、当時は強いステロイドを使うことに抵抗がある風潮もありました。また、当時アレルギーの専門家の間ではアレルギー性皮膚炎の原因は食物アレルギーにあると言われており、治療には食事制限が必要と言われていました。

私は、それまで先天性代謝異常を専門としており、重症な方に対してダイナミックに薬を使うことやステロイドの離脱の方法も慣れていたので、強いステロイドを使うことも怖くはありませんでした。また、アレルギーの専門家ではなかったため、当時の専門医の間での通説が理解できませんでした。そうしたことが影響して、アトピー性皮膚炎に対するプロアクティブ療法を自ら開発することができました。

国立名古屋病院で臨床を経験した後、たまたまある学会(非アレルギー領域)の懇親会で国立小児病院でアレルギー科医長をされていた飯倉先生とお話する機会がありました。懇親会の翌日には一緒に働かないかと誘っていただいたのでしたが、当時、アレルギー学会に入っておらず、急いで学会に入ったのでした。実はアレルギーを専門とするようになったのは医師になって10年を経てからになります。

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大矢先生の留学経験についてもお伺いできますか

アレルギー疾患の治療について経験を積む中、縁があって東洋医学に触れる機会があり、東洋医学にも興味を抱くようになりました。そして、東洋医学を行動医学として研究しておられる方がハーバード大学にいらっしゃるということを知り、行動医学について学びに行きました。その医師は循環器内科医でしたが、リラクゼーション反応を研究し有名になった医師でした。現代人は様々なストレスで自律神経が過敏な方向つまり交感神経優位に傾いているので、リラクゼーションを通じて自律神経のバランスをとり、様々な不調を改善すると言う考えでした。ここでの経験を通じて東洋医学的な神秘が行動医学といった西洋医学によって解明されていく過程に触れました。当時のアメリカでは認知行動療法が流行っており、リラクゼーション反応と融合することで、不眠の治療や緩和医療に役立てていました。実際に症状が改善されるところを目の当たりにし、私もこれで慢性的な疾患を治すことができればと思いました。

日本では当時アレルギーは心身症と言われており、喘息などは母親が甘やかして育てた母原病だといわれてしまう時代でした。私は行動医学などについて学んだ経験から、アレルギーが難治化するのは不安な体験による条件付けではないかと思ったのです。どういうことか言うと、当時は喘息に対しての良いお薬がなく、毎年多くの方が亡くなっていました。そうすると、子供の頃に、亡くならないまでも瀕死の体験といった不安を何度も経験します。その結果、強い不安が自律神経に影響し、発作を誘発してしまうのです。

認知行動療法と行動心理学を勉強したので、心身症と言われている方たちのメカニズムを科学的に考えることができるようになりました。これもアレルギーを専門としていなかったことが幸いしたのかも知れません。

国立小児病院での経験ですが、小さいころから喘息で長期入院を繰り返し、自宅に帰る度に喘息発作を起こして戻ってくるという子がいました。その子は生理食塩水の吸入でも発作が落ち着くといった様子でしたので、行動科学の見地から発作は条件付けによるものと考えました。その子は小さな頃から家庭環境に葛藤があったので、家族全員に治療に参加していただき、緊張した場面でのリラクゼーションの仕方について教えました。

現在の国立成育医療センターに移られてからはどのようなご経験をされてきたのでしょうか?

国立小児病院時代は毎年ロンドンに数週間、疫学の勉強にいき、そこで疫学やEBM(※Evidence-Based Medicine 科学的根拠に基づく医療)の専門家の先生や行動医学の先生に相談する機会がありました。いつも必ず、行動医学の教授に日本でのデータを基に研究の進め方を相談していました。アトピー性皮膚炎の疫学の研究の教授も教えていただき、共同研究も行っていました。

国立小児病院に移動してから6年後に病院が廃院となり、国立成育医療センターに改組になったのですが、開院前は総合診療部に行ってEBMに基づいた行動医学の研究を行いたいと思っていました。しかし、蓋を開けて見たらそうではなくアレルギー科の医長に任命されました。研究も臨床もするつもりでいたのですが、想定以上に臨床が忙しく一時期研究がストップしてしまいました。

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現在注力されておられる研究や診療はどのようなことでしょうか?

国立成育医療センターができて間もない頃、イタリアのグループが食物アレルギーに対する経口減感作療法を発表し、同じプロトコルを自施設でも試したところ食物アレルギーを改善することができました。しかし、効果が劇的だったこともあり、安全性や最適な治療法が確立される前に発表すると混乱を招くと思い、発表しませんでした。その後ランダム化比較試験を行い、その結果を海外の学会で発表することになり、その発表を聴いていた医師によって日本でも広まったのでした。食物アレルギーの治療には長く時間がかかりますし、どれくらいの量から始め、何年続ければ良いのか、もっと研究を進める必要がありますし、不完全な治療では副反応を起こしてしまうこともあります。

現在はできるだけ安全に、且つ効果が期待できるよう標準化した治療手順を模索している段階です。将来的には手順に則った治療が普及することで、どこでも適切な治療ができるようにと考えています。

アレルギーの発症予防という観点では、2004年から2008年にかけて、従来の常識を覆すような臨床疫学研究の発表が国外で続きました。それまでは、卵・牛乳・ピーナツなど特定の食物やダニなどのアレルゲンを回避することでアレルギー疾患の発症予防ができるのではないかと期待されていましたが、アレルゲンの回避による発症予防効果はなく、むしろ逆効果であるという論文すら登場しました。私は推論ではなく、科学的な根拠に基づいて食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の発症予防に取り組みたいと考えていた時期でしたので、自分でも前向きのコホート研究やランダム化比較試験を企画しました。母親の食物制限をせず、新生児期から保湿剤でスキンケアをすることで、生後8ヶ月時点でのアトピー性皮膚炎の発症を約3~4割減少させることができました。また、食物アレルギーになりやすい乳児アトピー性皮膚炎の患者さんを対象に生後6ヶ月から微量の鶏卵の摂取を開始することで除去した場合よりも8割も生後1歳のときの鶏卵アレルギーが減ることを実証しました。こうした研究成果は日本だけでなく国外のガイドラインにも影響を与えることになりました。

現在は大矢先生のもとにはどのような患児が多くいらっしゃっているのでしょうか?

食物アレルギー外来で一番多いのは、他院で既に経口減感作療法を受け、うまくいかずにご紹介を受ける場合が多いです。年齢層的には就学前のお子さんも多いですが学童期や思春期のお子さんも多いです。乳児専用の外来も設けていますので、そちらで食物アレルギーを疑われたお子さんは、最初から当院で治療を開始されることもあります。

アトピー性皮膚炎の外来では重症化してしまい、治癒困難なって紹介される方が多くいらっしゃいます。アトピー性皮膚炎や気管支喘息のお子さんでは結構年齢が高いことも多いです。当院は地域を支えるだけでなく、専門医療機関として最期の砦といった形で広域から紹介されてくる方が多いです。

今後のご展望についてご教示ください

現在いくつかの研究をしています。まずは、早期にアトピー性皮膚炎に介入することでどれくらい食物アレルギーの発症やアレルギーマーチを抑えられるのかを研究で明らかにしたいですね。これは私の夢でもありますし、早期のアトピー性皮膚炎の治療と離乳食の開始時期を早めることによって食物アレルギーの8〜9割は予防できるのではないかと思っています。今後はランダム化比較試験などを行い、データを整えていきたいと思っています。また、食物アレルギーのガイドラインも改定し、どこにいる人でも安全に適切に食物アレルギーを治療できるようにしていきたいと思います。アトピー性皮膚炎や気管支喘息にも言えることですが、治療法があるのにそれが必要とされる人に伝わらないのはもったいないですよね。不十分な治療法で中途半端に放置されてしまうのは凄く可哀想なことだと思っています。必要としている人により多く治療を届けられるようにしたいです。

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国立成育医療研究センター病院の写真

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勤務先医療機関

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